シュワシュワと叫ぶ蝉の声が近い。
素足に感じる縁側の板敷が鉄板のように熱い。
早々に荷物を置いたつなきは、手入れの行き届いている庭の方向を見た。
汗で湿った前髪が額に、シャツが背中と腰に張り付く。風は少しある。
縁側に腰をおろし、庭の片隅の畑をぼうっと見つめた。
夏の間、それぞれ日程を調整しながらまとまった休暇を取ることにした。
この時ばかりは、仕事の進捗具合にせっかくのサマーバカンスを振り回されないよう、なるべく仕事をつめ込まないように各自気を使ってやる習慣が彼らにあった。
例えば、杉本、小林、原、武藤、澤田、浜森、関口は前半組。7月の下旬から一週間ほどの休みが与えられる。中旬頃には、軽く業務の引き継ぎを行った。
休暇中は、「積ん読」を消化する者や、室内のゲームで戯れる者、海外へ足を運ぶ者など全く気ままである。
少しは羽根を伸ばそうとするも海外へ行くほどの気力もなく、人混みの多いところを避けようとすると、必然的に海馬の所有する別荘へ泊まりに行く事となる。
ミネラルウォーターを飲み干すと、をがわは荷物の整理もそこそこに屋敷内を歩いた。
古い日本家屋のような建物は、夏に訪れる在郷としての理想の外観を保持しながらも、ライフラインは最新式のものに整備されている。
慣れない畳に長く腰をおろし荷物の整理をしていた。そのため、やや痛む腰を上げて座布団を探しに行く傍ら別荘内を探索し始めたのだ。
海馬邸とはまた違った静けさだった。そもそも虫の鳴き声が鳴り響いていて全くもって閑静ではないのだが、屋外からは話し声や車の走る音もしない。広い敷地とは言え、隔たれた空間のようだ。自分たちが乗ってきた高級車か別荘内に出入りする係りくらいしか、ここあたりは走行しないのではないだろうか。
縁側へ出向いた。生い茂る木々と、廊下へ降り注ぐ太陽の光、廊下の奥へ色濃く落ちる影のコントラストの対比が眩しい。
事もあろうに、陽の光で熱くなっている廊下の上に身を横たわらせる人物がいた。まぎれもなく、つなきだ。
今回の避暑休暇には、をがわとつなきを含む数名の参加を予定していた。
特に何をするという予定も決まってないが、海外へ行く予定ができた加々美達が先約のこの別荘を辞退したためにこの部屋を少人数で借りることができた。
加々美や高橋は信頼できる人間であるし、気のおけない仲ではあるが、あの二人が大人しく篭っているとは考えにくい。そういう意味で、今回の辞退は有難い部分もあった。
どっさりたまった本を消化するにしても、ゲームをして時間を過ごすにしても、海馬邸を離れて行うのも悪くない。
暖かい陽の日差しを通り越して、焼けつくような日の注ぐこんな所で寝ているのか、とをがわは思う。縁側の淵に座っていたのだろう。そのまま仰向けに眠ってしまったつなきは、膝から下を地面に下げ不自然な体勢のまま動かない。起こしてやるのも可哀想だが、真夏の午後の太陽の下ににつなきを晒しておくのは断じて良くない。
「おい、つなき」
小さな声で、をがわが声をかける。
同時に、をがわの右手が、躊躇いがちににつなきの肩を包む。
湿っている。
予想以上に汗でぐっしょりと濡れたつなきのシャツに、をがわが眉を顰める。
つなき、と一度頬を軽く叩いて刺激する。すぐに眼を覚ました。
ほっと安心するも、暑さのせいだろうか、つなきの意識はぼうっとしている。いつものツンと澄ました振る舞いやからかうような態度にに比べて、あまりにも無防備過ぎた。
いつから寝ていたのかは知らないが、長時間この状態でいたら危険なのではないか。
縁側の日除け屋根もこの時間帯では意味を成さない。をがわはつなきを室内に移動させることにした。
一瞬、他に手助けを呼ぼうかと考えたが、移動するのはすぐ隣の和室であるし、細身のつなき一人くらいならば自分だけで運べるだろうとをがわは判断した。
障子を開け、空調の効いた部屋へ移動する準備をする。
馴れ馴れしいだろうかと内心懸念するが、をがわはつなきの背と膝の裏に手を差し入れる。
「掴まれるか?」
つなきは、何も言わずにをがわのシャツの胸のあたりをきゅっと掴む。心許ないの仕草に思わず蠱惑されそうになるが、をがわは慎重に身体を持ち上げた。思ったとおり、軽い。
室内へ横たわらせると、そのままをがわは台所へ飲み物を探しに行った。
つなきの意識ははっきりしている。思ったよりは軽い症状だが、若干のめまいををがわに伝えた。
おそらくごく軽度の日射病だろう、そう判断したをがわは冷蔵庫からスポーツドリンクを手にして台所を去る。
念のためストローも用意しようとしたが、むしろこのストローの方がなかなか見つからず、畳部屋へ戻るまでに時間を要した。
この時間がをがわにとっての最初の過ちだったのかもしれない。
早く持っていかねば、という純粋な配慮が頭の中を占めていたために、障子の向こうの光景は完全に予想外であった。
身体を横にしたつなきのそばで、文庫本を片手に辻が腰を下ろしていた。
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